合理的に楽しく暮らす、簡易生活とは

合理的な暮らし、簡易生活とはと書いてある画像です

『簡易生活のすすめ』という本が素晴らしい

コトリコさん、こと山下泰平さんっていう明治とか大正の文化に精通している方がいるんですけど、その方が書いた『簡易生活のすすめ』という本がとってもいいので紹介します。

明治時代にちょっとした簡易生活ブームというのがあったらしいんですが、どうやら「合理的に暮らす」というのが簡易生活の基本的な柱だったようなのです。
たとえば、奥向けの仕事にしても家事がとても大変だから便利な新しい道具を買って、家事負担を減らそうとしたご家庭や、来客に関して言えば、来客が多すぎてお茶代、お菓子代が嵩むので、「来客にはお茶を出しません」と宣言してみたり、また来客によって時間をとられてしまうから、「何曜日の何時から何時までしか来客を受け付けません」と宣言した作家もいたとか。
興味がある方は読んでください。きっと、私がいいなと思ったところと、あなたがいいなと思うところは違うはずです。しかし、どこかしらにときめくところはあるでしょう。ストレスを減らすために過去の人が考えた方法例がたくさん載っていて、それは現代にも通じるものがたくさんあるのです。

ところで、合理的な暮らしとはなんなのか

さて、合理的とはなんなんでしょう? 大辞林を見ると
① 論理にかなっているさま。因習や迷信にとらわれないさま。 「 -な考え方」
② 目的に合っていて無駄のないさま。 「 -な作業手順」
ここの部分でしょうか。簡易生活とは、合理的に暮らすこととなっています。英語で言うとシンプルライフ? 『簡易生活のすすめ』の中に出てくるフランス人牧師・シャルル・ワグネの著書『The Simple Life』は日本で『簡易生活』(大正2,文友堂書店,シヤルル・ワグネ 著/国立国会図書館デジタルアーカイブより)とタイトルを訳され発行されたものですので、シンプルライフと簡易生活は、どちらも簡素に生きようというものだったのでしょう。

この簡易生活を暮らしにどう取り入れるか

わたしは、すべてを合理的にしなくても、気持ちが上がるものなら、それを選んでも良いかなって思っています。たとえば、あり得ないところに袖がついているニットでも、それを着ることでテンションが上がるなら、それを選んだ方がいい。あり得ないところに袖がついているニットは、きっと動きにくいけどそれでもいい。また、たとえば里芋の皮を剥くのは大変面倒ですが、里芋の皮を剥くことがとても好きな人は皮をむいてある冷凍の里芋ではなく、皮付きのものを買った方がいいと思うのです。(私は面倒なので、絶対皮を剥きたくありません!)とにかく好きなもの心地よいことを優先する方が良いです。
また、形だけの人付き合いや、お歳暮などを断り、人に見せるための飾りやなんかも排斥する。迷信、おまじないに惑わされるのは合理的ではないから、科学的に考える。たとえば、黒猫が横切っても大丈夫! と言った風に煩わしいことを排除して、楽しく暮らすために程よく取り入れていくのがいいと思います。

ところで、江戸時代の迷信やおまじないは面白い

どうして、この簡易生活で迷信をそんなに信じないように、と言われていたかというと、江戸時代は迷信がたくさんあったからです。それも、今から考えるとトンチンカンでおもしろい迷信やおまじないが多く、これらは科学的、合理的ではないということで明治時代にはこれらに囚われないようにしよう、と考えたのですね。
ヘンテコなものを一部紹介致しますと、、、
夏の川にカッパが好きなきゅうりを投げ入れると、子供の水難を防ぐ、とか長居の客がいて迷惑な時は、客の下駄を逆さまにしてお灸をたくか、長い箒を立てかけて手拭いを被せる、などなどです。

個々の能力を最大限発揮するために

楽しく、楽に生きるために簡易生活を取り入れてみるといかがでしょうか。
どんなことにも通じることですが、この本の巻末の「簡易生活の概要まとめ」にあるように、「続かなければ意味がないので『極端にならない』」というのが大切かもしれませんね!

 にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

コメント

スポンサーリンク